つれづれじぐま

産業カウンセラーのこと、社労士のこと、日常のこと等をなんとなく書き綴ります。

時を超えて新しく10

私はエルヴィーラ。

最下位領地エーレンフェストの傍系領主一族です。

奉納式のために帰領したローゼマインとのお茶会を終え、ほうと一息をつく。

最下位であるということは、子どもたちは皆不自由が多いでしょうね。

エーレンフェストが最下位になったことには、一人の悪女の為である。

ローゼマインの母が亡くなったのも、貴族の数が減った事も、現領主の能力が足りない事も、私達リンクベルク家が、上級貴族になりかけたのに、中途半端な傍系領主一族にとどまった事もすべては彼女の被害によるものだ。

そんな大きな事だけでではなく、どれだけの影響が今もこのエーレンフェストに残っているのかは計り知れない。

私の出身一族であるライゼガング系一族は、すべて例外なく彼女からの嫌がらせを受けており、私の兄がギーべとして治める領地でも北で冬の厳しいハルデンツェルでは、奉納される魔力が足りず平民たちに餓死者が出るほどだった。

彼女の派閥にだけ魔力を優遇し、異なる派閥を冷遇した彼女。

前領主に第2夫人第3夫人を娶ることを許さず、迎えた他領からの第2夫人は輿入れ後半年も絶たずに魔石になった。領内のライゼガング系上級貴族の姫も同様で、証拠はなくとも許さないと荒れ狂った彼女によるものだろうとの噂から、手をあげるものはいなくなった。

当然領主一族は減り、礎の魔力を満たす事が難しくなる。

しかし足りないはずの魔力は彼女がどうにかしていた。後でわかるがとんでもない方法で。

私達リンクベルク家は、前領主アーデルベルトの兄であるボニファティウスを祖とする家だ。

義父ボニファティウスも、夫カルステッドも領主コースを修め、領主となる資格を有する。しかし、彼女は前領主の生前に、現領主ジルヴェスターが確実に次期となれるようにと、ボニファティウスの第2夫人の息子の瑕疵を理由に、ボニファティウスごと上級貴族になるよう、病床のアウブに決定させたのだ。

ただでさえ夫人がいなくて、領主一族が少ない中、兄の一族を上級落ちさせる。

なぜ前アウブもそんな無茶なことを承認したのかが皆不思議だった。

後にその理由は判明するのだが、3年の猶予を設け、リンクベルク家の名前を授け、屋敷を用意し、側近を解任する準備をして、あと2ヶ月というところでその事件が起きた。

彼女が死んだのだ。

それと同時に起こったことは、まずは前領主アーデルベルトの死亡。

領内の40を超える成人貴族の死亡。

ローゼマインの母である、ゲオルギーネの死亡だった。

名捧げ・・・

物語の中だけで語られる古の魔術。

その魔術により名を捧げていた貴族がすべて死んだのだ。

父をなくした者、夫をなくした者、妻を、母をなくした者、夫婦で亡くなった者、とたくさんの孤児が出た。

名捧げは命を捧げる者にする魔術であるのに、魔石になった者たちはとても心から彼女に仕えていたようには見えなかった。

もしかしたら、連鎖式に亡くなったのかもしれないが、それをわかる者は少ない。

名捧げをして名に命じられると拒否することはできないくらいの苦痛が生じる。

おそらく、いや順序からも間違いなく、前アウブのアーデルベルトも彼女に名捧げをしていたはずだ。それにより、リンクベルク家への上級落ちが承認されたのだろうと思うと納得できた。

その後のエーレンフェストがどうなるか。成人して星を結んだジルヴェスターとその妻フロレンツィア。その若き2人の肩に中領地が伸し掛かる。

ただでさえ少ない領主一族が2人になったのだ。とても無理だ。

今まで彼女がどこからか持ってきていた魔力の出どころも判明した。それは、神殿で集めた各ギーベ領へ配るはずだった魔力や、集めた身食いや、平民から取り上げた魔石等を礎の魔力として注ぎこんでいたのだ。

恥を知りなさい!!

本来であれば、祈念式で各地の収穫のために使われる魔力を奪い、数多の領民を餓死させ、権力にまかせて領民の財産を奪い、命すらも奪われる。それを行うのが領主の第1夫人だなんて穢らわしい!!

思い出すだけで溢れ出す魔力を握りしめた魔石に吸わせる。

聴取した青色神官によると、顕著になったのは3年ほど前とのことだった。

リンクベルク家を領主一族から上級貴族にするための策として行ったということだろあう。土地の魔力が減少しても影響が出るのは翌年以降ゆるやかに低下していく。その間にジルヴェスターに夫人を娶らせ、領主一族を増やす算段だったようだ。

自分の夫には他の夫人をもつ事を禁止したのにもかかわらず、自分の息子には第2第3夫人どころか妾まであっせんするとは浅ましいこと。

しかし、ジルヴェスターはフロレンツィアこそ光の女神だと他の者を娶らなかった。それは現在でも変わらない。ただの貴族や平民であれば好き好きでそれはいいであろうが、領主としてはいかがなものだろうとは思いますけどね。

そうして、若き領主が立ったときには、2人の領主一族と、魔力枯渇寸前で餓死者が増え土地を捨てる領民だらけで、旅商人すら寄り付かない領地が残った。

ジルヴェスター様に泣きつかれたボニファティウス義父様とカルステッド様は、前領主の命令取り下げの新領主の命により、傍系領主一族として残ることになった。

準備した上級貴族用の館準備は取りやめ、急遽城の別棟をリンクベルク家の居城として整えた。枯渇した領地でエントビッケルなんてできるはずもなく、ありあわせもありあわせの体裁だ。リンクベルク家には何ひとつ利などない。

その上、次期領主はヴィルフリートだと定め、私達の2人の成人息子とボニファティウス義父様の他の息子は上級貴族とされた。2人の息子は領主候補生・騎士と2コースを終了して貴族院を卒業した者だからこそ、礎を奪われることを恐れ、供給の間に入れないようにしたのだと噂された。

そうして、ボニファティウス義父様と2人の夫人。カルステッド様と私と第3夫人は魔力供給要員となった。第3夫人の娘は、供給の間で魔力枯渇を起こし、すぐに若くして亡くなった。

痩せた領地で、回復薬の準備すら苦労をする中魔力を注いでいた。

あの悪女の後始末だと思うと叫びたい気持ちになったが、私たちは領主一族。領民を飢えさせるわけにはいかないのです。

そして私には光がありました。

残されたローゼマインです。

生まれながらに魔力が多く、領主一族に伝わる子供用魔術具2つを金粉に変えました。

魔力暴走を起こしかけ、ぷつぷつと肌が浮き上がるような症状を見せはじめたローゼマインを生母のゲオルギーネ様は神殿へと連れて行きました。

 

 

時を超えて新しく9

お母様とのお茶会を終える頃、お母様の所にオルドナンツが飛んできた。
「あぁぁ、母子のお茶会は済んだだろうか?アウブもローゼマインからの帰還の報告をお待ちなのだが。」
と3回繰り返して魔石に戻る。
うひぃ~。これは呼び出しだぁ。
何かやらかした訳でもないのに、アウブの義父様、実父で騎士団長のカルステッドお父様。あとは筆頭文官位はいそうな呼び出しのオルドナンツに違いない。
しかめた顔にお母様は少し思惑顔をしつつも、
「間もなく終了いたします。母子の時間のご配慮いたみいります。半刻後にはアウブ執務室に着くよう伝えます。」
と返事を返す。
「という事でローゼマイン。お父様方の所に行っていらっしゃい。あれでも心配していたのだから。ますます髪が抜けてるんじゃないかしら」
とニヤリと笑った。
そんな、わずかの間にそんな心配される事なんて▪▪▪してない。よね?
「はぁい」
と重たい腰を上げ、退出の礼をとる。
即時連行だったため、まだ自身の部屋にも戻ってない状態だ。一応はアウブへの面会なのだから、姿も整えなければいけない。
半刻の時間はわずかだ。
「ではまたねローゼマイン。貴族院に戻るまでに会えないかもしれませんから、しっかりおやりなさい」
と、意味ありげに黒い瞳を光らせていた。

暴力で操作しようとしている魂胆許すまじ!!

パートナーは安心安全な拠り所。のはずだ。
べったりもたれかかるわけではなく、隣で一緒に歩く人だ。だからちょっと無理だなぁとか、疲れたなぁという時には寄りかからせて欲しいし、寄りかかって欲しい。それはお互い様として許し合える関係でいたい。
だけどそこに操作が入ったら違うんじゃない?
モラハラにDVじゃないかと思うような威圧的態度や無視。それって「自分はあなたのせいで不機嫌です。改善して機嫌をとらなきゃ攻撃するよ」ってアピールに感じる。
ふざけるな!!
多分女性が同じ事をしたら、継続する精神的ストレスに男性はやられるであろうけど、殴られるかもとか、暴れたらどうしようって不安は低いんじゃないかなぁ。物理的な攻撃への恐怖。それはすごく強いストレス。
なんであなたの機嫌をとらなきゃいけないの?疲れて帰ってきてるから、部屋を整え、直ぐに手の込んだ食事をだし、教育されたかわいい子供を育てとけとでも言いたいの?
はっきり言って無理です。
私のほうが稼いでいる事が気に入らない?知らねーよ。稼ぎがいいほうが家計としても楽なのに、その果実は得てるくせにプライドは守って欲しい?知らねーよ(2回目)。こちとら運で収入をあげた訳ではない。多少の協力はしてもらっても、子育て仕事家事しながら勉強して人脈作って努力してんだよ。あんたより家事も育児も負担が大きい中やりくりしてやってんだ。自分の無能や怠惰を当たり散らすんじゃねーよ。
だっさ。小っちゃ。
いつまでも理想の妻を夢見るな。見るなら家族がてめぇの収入だけで安心して暮らせる昭和父スタイルがとれるようになってから求めろ!!
こっちだって趣味で仕事してる訳でもスキル磨いてるわけでもないんだよ。
求める姿になっても給与だって上がらないだろ。
いい加減自分の機嫌位自分でとれよ。
はっきり言ってこれが続くならあんたなんていらないよ。精神的疲労が半端ないから。命削ってまで一緒にいたくないでしょ?お互いに。顔色伺う子供達の顔が見えているのでしょうか?
お金の話が少しでも出ると不機嫌になるのもあるけど、仕方ないって諦めずになんとかしろよ!!
将来ビッグになるつもりで自分を磨けよ。
だらだらとゲームしてるくせに、妻に理想を押し付けてんじゃねーよ。
そうやってだらだらしてる旦那に尽くす価値なんて見いだせない!!
これ以上尊重しあえなくなったらおしまいだよ。
どうぞその少なくなった髪で、養育費払ったらさして残らないだろう給料で、理想の女性でも探すか、おかんの所でも帰ったら!!

と犬も喰わない喧嘩にもならないイライラを吐き出す。

私だって帰ったら整った部屋で、作られたご飯がでてきてかわいいだけの子供がいたら幸せだよ。一度もそんな環境作られたことはないけれど。
なんで妻が作ってくれるものだと思ってて、自分で作ろうとしないかね?
なんで偉そうにして許されると、下に見て許されると思っているかね?
そこまで愛されてると思ってる?
不快しか与えない人間への愛なんて冷めていくもんよ。あとは情と惰性かなぁ。
それだっていつまでつ続くかな。
邪魔すらなら断捨離方向まっしぐら。
家庭でくつろぎたいなら妻に疲労を自ら与えるな!!

時を越えて新しく7

整えられたお母様の部屋。

少し前に訪れたばかりだというのにほっとするお母様の匂い。

あぁ帰って来たんだなぁ。

そんな感傷に浸る前に椅子にはギラギラしたお母様がメモを用意して座っている。

形式的な挨拶を済ませ、お茶会が始まる。

「それでローゼマイン。フェルディナンド様はどういう方なの?」

どういう・・・って言われても・・・

「お母様。一体どんな報告を受けたかはわかりませんが、始まりの宴で挨拶をしただけですよ。まるでアレキサンドリア恋物語の初代アウブ配を思い起こすような風貌の方でしたが、ご子孫ですからおかしくもないでしょう?」

くぴっとできるだけ優雅に見えるようにお茶を飲む。お母様は我が意を得たりとばかりにきらりとした。

「そこですよ!!あなたはローゼマイン。アレキサンドリアの領主候補生はフェルディナンド様!!まるで初代様のようだと言われたのでしょう?それは運命の出会いに、運命の再会に違いありません!!」

手に大きな魔石を握りしめ、大興奮しているお母様。

あぁ、おそらくミュリエラとお母様の妄想が爆発してるよ。なにせお母様はエーレンフェストを代表する恋物語作家だから、どんなに小さなお話でも、豊かな想像力で国中の女性の心を掴むベストセラー作家だからね。

「お母様。偶然名前や風貌が似ているだけですよ。いや、私に限っては、洗礼式の時に寄せて改名したではないですか。ローズマインだったのに。」

そう。私は神殿やトゥーリやルッツからはマインと呼ばれていたけれど、洗礼式まではローズマインと呼ばれていた。それでも恋物語大好きなお母様が洗礼式で母に立つ時に、伝わる風貌や実績に似ているとのことでローゼマインがいいといい、特にこだわりがなかった私は了承したのだ。ローズもローゼも変わらないよって。

「そんなことはありません!!同じ時代に同じ風貌と名前を持つ2人が出会うなんて運命以外にありえないでしょう?これは運命です。間違いありません!!これから必ず素敵な恋物語が生まれるのよ!!」

「あわわわお母様、魔石が、魔石が金粉化しそうです。落ち着いて!!」

立ち上がりふぅふぅ肩で息をしているお母様の背中を撫で椅子に座らせる。

すごい作家の妄想力。これは止まらないだろうなぁ。

妄想の中で、とんでもなく素敵な物語が作られそう。

モデルにはなれないけどね。

「最上位のアレキサンドリアの領主候補生と最下位のエーレンフェストの領主候補生なんて不釣り合いですよ。まして私は養女ですし、あちらはおそらく次期アウブアレキサンドリアでしょう?あれだけのお姿と、聞く話では2年連続で最優秀をとり、今年度からは領主候補生・騎士・文官と3コースをとっているとのことですし、歴代アレキサンドリアの領主候補生はそのすべてで最優秀を治めると聞きます。そんな優秀な方、他の大領地や王族が放っておくはずがありませんって」

そう言うと

「よくフェルディナンド様のことを知っているではありませんか」

とお母様はにんまりと笑った。

「それはトゥーリや他の側近が!!」

にんまりを継続したままお母様は優雅にお茶を飲む。少し落ち着いたようだ。

「ハルトムートからの報告によると、あちらの成人側近や、文官見習い等からしきりにローゼマインの情報を探られたそうですよ。まぁもちろんアレキサンドリアだけではなかったようですが。」

「その報告は受けております。」

まったく皆気が早いんだよね。まだ10歳だよ!!嫁ぎ先や結婚相手なんてわかんないって。まぁ政略結婚が主だから探りが入るんだろうけど、最下位のエーレンフェストの領主候補生なんて興味ないだろうに。縁談はお義父様が決めるんだろうし、むしろヴィルフリート義兄様の妻を探すほうが難しいんじゃないかなぁ?なんせ次期アウブでも最下位だからね。やっぱ少しは順位をあげないと。むーん。ふんすっ!!

「フェルディナンド様はよく図書館にいらっしゃっていて、本を読むあなたを見ているそうよ。」

ぴくっ!!

「その報告は受けておりません!!」

「あらそうなの?なぜかしらねぇ?」

なぜなんてどうでもいい!!これはフェルディナンド様と本好きのお友達になれるのではないかしら?こんな貴族院が始まってからすぐに図書館に来ているなんて間違いない!!仲良くなったら噂のアレキサンドリア図書館の蔵書を見せてもらえないかしら?話では国で一番の図書館だという。昔それを聞いて、奉納式の途中にゲルラッハからアレキサンドリアに入ろうとして、産みの親であるゲオルギーネお母様にものすごーく怒られて、神殿の反省室に入れられて、肺炎を起こして死にかけたっけ。思い出して切なくなる。

「ローゼマイン?」

エルヴィーラお母様が心配そうに私を見る。

「いえなんでもありません。私の話よりもお母様のお話の進み具合を教えてくださいな」

これからは普通の親子のお茶会だ。

機智に富んだお母様とのお茶会はとても楽しい時間となった。

時を越えて新しく7

むーん。どうしてこうなった?

祈念式に向けてエーレンフェストに帰領した日、転移の間ではお母様が今か今かと待ち構えていた。

「お帰りなさいローゼマイン。お茶会の支度はできていてよ。初めての貴族院の素敵なお話を聞かせてちょうだい。」

お母様はエルヴィーラ。実父の第2婦人であり洗礼式時に私の母として立ってくれたため、貴族的には私はエルヴィーラの実子となった。

「ただいま戻りましたお母様。素敵なお話ともうしますと・・・???」

一体何を言っているのかがわからず直截に尋ねると、

「んまぁーローゼマイン。アレキサンドリアの領主候補生フェルディナンド様の話ですよ!!」

フェルディナンド様?あの挨拶以外に接点がないけれど???

「とにかく場所を移しましょう。隠しても無駄ですからね。」

???のままお母様の後に続く。本当に何もないのだけれど、このお母様の鼻息の荒さ。なにか恋物語によいネタを見つけているか、側近からの報告を受けているかかしら?

共に帰領した筆頭側仕え見習いのブラントゥーリと、筆頭護衛騎士見習いのルッツハルトと共に顔を見合わせる。

「ハルトムートからの報告ですかね?」

「いや、ハルトムートではないでしょう。我が異母兄ながらもぶっとんではいますが優秀です。誤解を招くような報告はしないでしょう。」

「文官見習いのミュリエラではないかしら?彼女はとても空想家ですから」

ほうっと細く息を吐いた。

「トゥーリそうなの?それはぜひ作家として物語を書いてもらえないか頼めないかしら?」

ブラントゥーリはローゼマインの乳母のエーファミアの子であり乳姉妹だ。そしてルッツハルトの母とブラントゥーリの母は親族であり、事情によりエーファミアの家に預けられたため、2人は私とは幼なじみになる。舌のまわらないうちから一緒のため、トゥーリ、ルッツと3人だけのときは呼んでいる。

「まだ1年生ですからね。これからどう育つかによるでしょうけれど、報告には問題がありそうです。」

そんな話をしているうちにお母様の用意した部屋へと到着した。

時を越えて新しく6

奉納式に帰還した少しの暇に、我がアレキサンドリア自慢の図書館へと足を運ぶ。

初代様は無類の本狂いだったと伝わり、ディッターにより得たこの領地を図書館都市としたと歴史に伝わる。

わずか400年前のことではあるが、その間に天変地異によるものや、国中での魔力が霧散する異常により、この図書館も災

禍にあい、全ての書物は残っていない。魔力不足による影響で保存魔法が解けた植物紙の書物は儚くもちりぢりに溶けたと聞く。

残っている書物は、アウブの図書館や平民が書き写したものが残っていた等、400年の間に少しずつ変わっている可能性のあるものだ。

その初代様の偉人伝は筆頭文官のハートムーンなるものとクリスティーナが主として書き残したものだ。

夜空色のきらきら輝く髪に、月のような金色の瞳。エーレンフェストの上級貴族の娘だったが、エーレンフェストの聖女の実績と魔力量を認められ、領主の養女となり、国境門からやってきた外敵から叔父にあたる後のアウブ配フェルディナンドを助けるために本物のディッターを起こし、勝利しアレキサンドリアを建領した。その時はまだ成人していない未成年の少女だったという。別名、女神の化身。英知の女神の再来との呼び声高く、その身に神を降ろしただかその演出だとかの論争を呼んでいる。今でこそ当たり前に使っている、植物紙を作り、印刷という技術を授け、料理をおいしくし、数多の事業を興したと伝えられている。現在の当たり前の発祥の多くは初代様ではないかと言われている程だ。

伝承に残る風貌、無類の本狂い、聖女の呼び声、ローゼマイン。あまりに似すぎている。この歴史、初代様の恋物語を読んだと言っていたか。アレキサンドリアの興味を引くために、演じているのではないか?と疑いたくなるほどだ。

しかしあの祝福の量。気配すら気づかない本に向かう集中力。本を読む幸せそうな横顔。すべて作り物ではできないであろうか・・・

初代様も出身はエーレンフェストだ。領主一族か上級貴族の娘であるなら、初代様に近い血筋の者なのかもしれないな。

貴族院に戻る頃にはもう少し情報も集まっているであろう。帰領してまでも見かけるだけの少女を気にしている自分をおかしく思いながら、アレキサンドリア恋物語を閉じた。初代様と初代アウブ配の物語は自分には無関係だと。

時を超えて新しく5

図書館での祝福から10日程たった午後。
ユストクスから報告を受ける。

その間も毎日のように図書館で姿を見かけたが、お気に入りのキャレルで本を読んでいる間は、全く周りなど見えていないようで、こちらの存在にも気づいていないだろう。

全くこんなに気になった人物は初めてだ。

「して目ぼしい情報はあったか?」
ユストクスは少し眉を下げながら順に答えた。
「目ぼしいというほどでは▪▪▪なんというか、事実かどうか信じがたい話が多くて、面白くもあり、困惑もありと言ったところでしょうか」
ほぅ。このどんな情報でも集める事が大好きな男が、こんな事を言うとはな、
「まずローゼマイン様は現領主ジルベスター様の養女であるため、ヴィルフリート様とは義兄妹のようです」
養女▪▪▪年子の養女を迎える理由がなにかあるというのだろうか。
「続きを。」
「はい。ジルベスター様は私の在学中の1学年下の方でしたので御齢28歳のはずです。隣の領地のフレーベルタークから2つ歳上のフロレンツィア様を、それはそれは熱烈にアプローチして第一夫人に迎え、10年程前に即位されました。ヴィルフリート様は2人の子で、よく似ていらっしゃいます。」
「ヴィルフリートのことはよい」
周りくどい話に指をとんとんとさせる。
「はい。ではローゼマイン様はというと、ジルベスター様の姉であるゲオルギーニ様の実子ではないかというお話なのですが、第二夫人の娘だとか、愛妾の娘だとか、はては平民だとまで言う方もいて、はっきりしないのです。」
「意味がわからぬ」
出自がはっきりしないと言う事なのか、何か意図がある事なのかと頭の中であらゆる可能性を考える。
「というのも、育った場所が、神殿であったり平民の家であったり、または孤児院だともいうものもあって、瑕疵をつけようとするかのような話が聞こえるのです。反面聖女のような話も聞きます。」
「聖女?!」
「はい。ローゼマイン様の筆頭文官であるハルトムートという上級貴族が、それはそれは装飾たっぷりに聖女伝説を語っているのです。もうすでに自領では聞いてくれる者がいないようで、ローゼマイン様について訊ねる者すべてに声高に語っていて、目立つ朱鷺色の髪もあって、朱の恐信者と呼ばれています。」
朱い髪の筆頭文官▪▪▪あの祝福の時に涙を流しながら祈りのポーズをしていたあの者か!!
「とにかく装飾の多い話の中を要約すると、神殿にて孤児に仕事を与え教育を与え、飢えぬようにした。であるとか、教育の見直しを行い貴族達の能力アップに貢献したであるとか、産業を興したとか、貧しき者とも接し傷を癒したとか、連座を止め、数多の命を救ったであるとか。にわかには信じられない内容で▪▪▪」
「何を言っている?彼女はまだ10歳だろ?誰かの手柄を奪っているのではないのか?」
「かもしれません。とても信じられない話ばかりなのです。ただ、神殿や平民と関わりがあるのは確かかと。それが出自の噂にも繋がっているのかもしれません」
とんとんと蟀谷を叩く。一体どの話が本当なのやらわからんな。
「その、関係あるかはわからないのですが、エーレンフェストは私の在学中からしばらくは11位~13位位でした。それががたんと下がったのは5年前です。領内の事情で貴族が大幅に減った為だと言われてます。その時ローゼマイン様は5歳。洗礼前でいらっしゃいます。そのあたりに何かがあるのかもしれません。連座を止めたという話も。」
あのへにゃりとした姿からは想像できないが、何か深い事情があるのかもしれない。貴族らしからぬところか、ヴィルフリートが教育不足だと外聞もわきまえずに公言した立場の低さ。まだなにも知らない彼女の事がもっと知りたくなった。それはこんな特殊な話が出てきたからなのだろうか。アレキサンドリアの領主候補生として育てられた自分とはかけはなれた話が次々と出てきそうだ。
「神殿はアレキサンドリアでは尊重されて、私自身も神殿長を勤めている。しかし他領では違うと聞くが。」
魔力を増やしたいのであれば神に祈れは常識だ。ただ祈り方を間違うと何も成長しないがな。
「そうですね。アレキサンドリアでは貴族も平民も神殿に行きますからね。他領の多くは、シュタープを得られない者か、剥奪された者が管理する所。子供用魔術具が与えられない者が孤児院に入れられると言われてますね。もちろん上位領地の多くは正しく利用していますが、中位以下はそんな感じらしいです」
神殿に魔力を奉納しない事で貧しくなる。目先にとられて長期の事ができていないと言ったところかな。
「飢える者がいないといいがな」
愚かな統治者の下、被害が出るのは貧しき者だ。アレキサンドリアの平民達は皆飢える事なく過ごしていると感謝の言葉を聞くが、果たして感謝と言わずとも平民の声を領主は聞けているだろうか。他領の事であっても心配になった。
「引き続き調査してくれ。1年生であれだけの魔力量のある者だ。必ずこれからの嵐の目になるぞ。」
「畏まりました」
そう恭順の姿勢を示すユストクスの口はにんまりと貴族らしからぬ表情をしていた。
全く何を期待しているのやら。
しかし、確かに気になる。こんな気持ちを私は知らない。彼女の事情を知ったからと私はどうするつもりなのだろうか。
最上位と最下位の領主候補生では関わる事もない。ただエーレンフェストは彼女により、次々と何かが起こるであろう。そう思った。