つれづれじぐま

産業カウンセラーのこと、社労士のこと、日常のこと等をなんとなく書き綴ります。

時を超えて新しく5

図書館での祝福から10日程たった午後。
ユストクスから報告を受ける。

その間も毎日のように図書館で姿を見かけたが、お気に入りのキャレルで本を読んでいる間は、全く周りなど見えていないようで、こちらの存在にも気づいていないだろう。

全くこんなに気になった人物は初めてだ。

「して目ぼしい情報はあったか?」
ユストクスは少し眉を下げながら順に答えた。
「目ぼしいというほどでは▪▪▪なんというか、事実かどうか信じがたい話が多くて、面白くもあり、困惑もありと言ったところでしょうか」
ほぅ。このどんな情報でも集める事が大好きな男が、こんな事を言うとはな、
「まずローゼマイン様は現領主ジルベスター様の養女であるため、ヴィルフリート様とは義兄妹のようです」
養女▪▪▪年子の養女を迎える理由がなにかあるというのだろうか。
「続きを。」
「はい。ジルベスター様は私の在学中の1学年下の方でしたので御齢28歳のはずです。隣の領地のフレーベルタークから2つ歳上のフロレンツィア様を、それはそれは熱烈にアプローチして第一夫人に迎え、10年程前に即位されました。ヴィルフリート様は2人の子で、よく似ていらっしゃいます。」
「ヴィルフリートのことはよい」
周りくどい話に指をとんとんとさせる。
「はい。ではローゼマイン様はというと、ジルベスター様の姉であるゲオルギーニ様の実子ではないかというお話なのですが、第二夫人の娘だとか、愛妾の娘だとか、はては平民だとまで言う方もいて、はっきりしないのです。」
「意味がわからぬ」
出自がはっきりしないと言う事なのか、何か意図がある事なのかと頭の中であらゆる可能性を考える。
「というのも、育った場所が、神殿であったり平民の家であったり、または孤児院だともいうものもあって、瑕疵をつけようとするかのような話が聞こえるのです。反面聖女のような話も聞きます。」
「聖女?!」
「はい。ローゼマイン様の筆頭文官であるハルトムートという上級貴族が、それはそれは装飾たっぷりに聖女伝説を語っているのです。もうすでに自領では聞いてくれる者がいないようで、ローゼマイン様について訊ねる者すべてに声高に語っていて、目立つ朱鷺色の髪もあって、朱の恐信者と呼ばれています。」
朱い髪の筆頭文官▪▪▪あの祝福の時に涙を流しながら祈りのポーズをしていたあの者か!!
「とにかく装飾の多い話の中を要約すると、神殿にて孤児に仕事を与え教育を与え、飢えぬようにした。であるとか、教育の見直しを行い貴族達の能力アップに貢献したであるとか、産業を興したとか、貧しき者とも接し傷を癒したとか、連座を止め、数多の命を救ったであるとか。にわかには信じられない内容で▪▪▪」
「何を言っている?彼女はまだ10歳だろ?誰かの手柄を奪っているのではないのか?」
「かもしれません。とても信じられない話ばかりなのです。ただ、神殿や平民と関わりがあるのは確かかと。それが出自の噂にも繋がっているのかもしれません」
とんとんと蟀谷を叩く。一体どの話が本当なのやらわからんな。
「その、関係あるかはわからないのですが、エーレンフェストは私の在学中からしばらくは11位~13位位でした。それががたんと下がったのは5年前です。領内の事情で貴族が大幅に減った為だと言われてます。その時ローゼマイン様は5歳。洗礼前でいらっしゃいます。そのあたりに何かがあるのかもしれません。連座を止めたという話も。」
あのへにゃりとした姿からは想像できないが、何か深い事情があるのかもしれない。貴族らしからぬところか、ヴィルフリートが教育不足だと外聞もわきまえずに公言した立場の低さ。まだなにも知らない彼女の事がもっと知りたくなった。それはこんな特殊な話が出てきたからなのだろうか。アレキサンドリアの領主候補生として育てられた自分とはかけはなれた話が次々と出てきそうだ。
「神殿はアレキサンドリアでは尊重されて、私自身も神殿長を勤めている。しかし他領では違うと聞くが。」
魔力を増やしたいのであれば神に祈れは常識だ。ただ祈り方を間違うと何も成長しないがな。
「そうですね。アレキサンドリアでは貴族も平民も神殿に行きますからね。他領の多くは、シュタープを得られない者か、剥奪された者が管理する所。子供用魔術具が与えられない者が孤児院に入れられると言われてますね。もちろん上位領地の多くは正しく利用していますが、中位以下はそんな感じらしいです」
神殿に魔力を奉納しない事で貧しくなる。目先にとられて長期の事ができていないと言ったところかな。
「飢える者がいないといいがな」
愚かな統治者の下、被害が出るのは貧しき者だ。アレキサンドリアの平民達は皆飢える事なく過ごしていると感謝の言葉を聞くが、果たして感謝と言わずとも平民の声を領主は聞けているだろうか。他領の事であっても心配になった。
「引き続き調査してくれ。1年生であれだけの魔力量のある者だ。必ずこれからの嵐の目になるぞ。」
「畏まりました」
そう恭順の姿勢を示すユストクスの口はにんまりと貴族らしからぬ表情をしていた。
全く何を期待しているのやら。
しかし、確かに気になる。こんな気持ちを私は知らない。彼女の事情を知ったからと私はどうするつもりなのだろうか。
最上位と最下位の領主候補生では関わる事もない。ただエーレンフェストは彼女により、次々と何かが起こるであろう。そう思った。